公教育とはこうあるべきである。

先日数年ぶりに風邪を引いてバカではないと再確認した鈴木カンタローです。

 

さて、「教育教育!」と訴える学生が多い割にはそんなに教育に関心のない筆者より知識がない人が多いので教育について書かせていただきます。

 

公教育の大切さ

 

書かなくてもわかると思いますが公教育というのはとても大切な役割を果たします。

裕福な家庭で育った人たちは学校なんて要らないと感じていたと思いますが、教育の義務がなければ学校に行けないという家庭もあるわけですから、格差を小さくするためには必須と言えるでしょう。家庭の収入と子供の能力は相関しますが。

 

 

 

教育の現状-教員について

 

ハッキリと誤解を恐れず、僕が感じていることを述べますが、今の教育は悪いです。

筆者は小学校と中学校はいわゆる「お受験校」にいて、比較的質の高い教育を受けてきました。高校も全国的にそれなりに名の通った学校で、教員のなかには教育界で名の高い人物もいました。

しかしいま思い返せばおかしいことだらけです。

納得のいかないことを感情論でゴリ押ししてくる教師が多く、知性を感じられなかったこと

全く社会経験のない教師が進路を決めること

もういま考えるだけでゾッとします。自分より頭のまわらない人間、経験のない人間になにを教えられるのでしょうか。

未だに大企業で働けと言ったり、事業の成功失敗を確率論で語ったりしていて呆れます。

影響されやすい小学生中学生には特にこんなことはあるべきではないです。

少し感情的になってしまいましたが、具体例を挙げるとキリがないしこれを読んでいる方であれば語らずとも理解してくれるだろうからこれ以上は書きません。

 

 

教育の現状-方針について

 

公の機関というのは変化が遅いです。ゆとり教育だのなんだの言って変えてる感は出ていますが本質は7世紀からなにも変わっていません、ほんとに(笑)

 

最近では教育の研究も進んでいて、マルティプルインテリジェンス理論により知性とは1種類ではなく独立した8つの知性に分類され、当然ながらそれらは等しい価値があると論じられています。

ですが入試制度に代表されるように、学校教育ではそのうちの言語的知性、論理・数学的知性、博物学的知性のみが主に取り扱われ、残りはないがしろにされがちなのです。

 

 

これからの教育はどうあるべきか

根本的に変えていかなければならないと感じます。

上記の現状から考え2点挙げます。

・影響されやすい子供にこそ経験豊富で知性のある優秀な教育者が就くべき

・全ての知性を均しく大切に扱うこと

外国がスバラシイとかそういうことでは全くないのですが、実は教育先進国であるノルウェーなどの北欧諸国ではすでに実践されています。実際に週数回、大学生、大学院生の青年が小学生と過ごすものや芸術やコミュニケーション、IT教育なども充実しており、やりたいことを見つけさせそれをさせるということに徹底しています。

多様化が訴えられる現在で、どちらがよいかは明白ではないでしょうか。

細かい部分やこれとは別の部分で改善しなければならない点は多々あると思いますが筆者が重視したいと考えるのはいまのところ上記の点です。

 

これからの日本を作るのは我々です。

どうあるべきかをよく考え行動していきましょう。

この記事を書いた人

鈴木カンタロー

札幌南高出身 JKMorningというサービスをつくりました。@jkmorning http://jkmorning.com IT屋さんとかPR屋さんとか。拡販コンサル個人でやってます。アフィリエイターやってました。 サンデージャポン出演(第1位)